Loudeacを出てすぐに、折り返してきている選手に遭遇。自分より2時間前に出発しているとはいえ、恐るべきペース。三船さんを探したが、どうやら自分がLoudeacで寝ている間にすれ違いになったようだ。
PC5までの間にWPとして488km地点にSaint-Nicolas-du-Pelemがあるのだが、今回はここがシークレットPCに設定されていた。ここでは陽気なボランティアの方々が音楽に合わせて踊っていた記憶が残っている。
PC5までも距離は短くて、521km地点にCarhaix-Plouguerがある。Loudeacからここまでの70km ほどの区間が、全コース中1番走っていた楽しかった。大きな道から少し離れた裏道っぽいところがコースに設定されており車に抜かれるのがほとんどなく、アップダウンも緩やかで快走路とはこのこと。
PC5から折返しのBrestまで残り90km。上述の通り、PC4〜5区間がヌルゲー区間だっただけに、ここからも?と期待してたのだが実際は真逆。全コース中最高標高地点(といっても300mぐらい)の峠を超える最もハードなコースがここに待っていた。
前半は、暗い森の中みたいなところ(と言っても真っ暗でよくわからないのだが)を抜けていく。前走者で明らかに蛇行している人がいたのだが、今になって思えば居眠り運転だったのかもしれない。ある程度登ったところで開けた道になり、ここは幹線道路なのか交通量が結構多い。大型トラックも通るので怖さも感じる。フランスではほぼすべての車が、自転車を追い抜くとき1.5mほどは側方距離を開けて追い抜いてくれるのだが、当然対向車線にかなりはみ出す形になるため、対向車とぶつかりそうに見えることがしばしば。その度ヒヤヒヤさせられるので精神衛生上良くない。
ゆるい斜度ながらも数km我慢のヒルクライムが続き、ご褒美のダウンヒル。下りも斜度がゆるいのでスピードはあまり出ないが、数時間後に待っている登り返しのことを考えると、ゆるい斜度でありがてえ!とむしろ感謝すらしてしまう。
メーターが600kmを超えたあたりで、ついにBrestの街が視界に入った。おそらく港湾施設のライトが暗闇に浮かび上がる。あと少し!というところで、お約束のキツめのヒルクライム、そこからきつい斜度のダウンヒルで市街地を一気に駆け下り、PC6 Brest(610km)へ到着。午前3時、所要時間33時間。
やや眠さを感じたので、食後に机に突っ伏してみたものの、睡魔がどこかへ行ってしまったのか寝付けず、結局1時間弱の休憩で再出発することにした。
BrestのPCで食べた温かいラタトゥイユみたいなのは美味しかった。
Brestに着く頃には、お尻が擦りむけて悲鳴を上げていた。お尻側には皮膚保護剤のProtect J1をスタート前に塗りLoudeacでも塗り直していたし、レーパン側にもシャモアクリームをしっかり塗っていたつもりだったのだが、塗り方が足りなかったのか、擦過傷となってしまった。このあたりからロキソニンが手放せなくなった。
Brestからの復路は若干往路と違うコースを通り、前述の最高標高の峠へ。これまた往路以上に我慢我慢のひたすら長いヒルクライム。息も切れないし、汗もそれほどかかないが、ただひたすら長い。
暗い森みたいなパートも違うコースを通り、幹線道路をそのままダウンヒル。自分は全く雨に打たれなかったのだが、雨が降ったタイミングがあったらしく、夜明けが近づくと猛烈な霧が出てきた。霧が出るということは晴れているということで、放射冷却でめちゃくちゃに寒い。ダウンヒルで手がかじかんできたので、たまらずテムレスを装着した。念の為持ってきておいて正解だった。おそらく10℃は余裕で下回って、5℃近かったんじゃないかと思う。
寒さに弱いので、かなりダメージを受け、青息吐息でPC7 Carhaix (693km)に到着。朝8時頃。
PC8 Loudeacまではまた快走路だと思うと、幾分気持ちも明るくなった。朝食をしっかり食べて出発。
復路もSaint-Nicolas-du-PelemがシークレットPCになっていたので小休止。
Brest前後で登りが続いたせいか、徐々に腰も痛くなってきていた。ハンドルポジションは普段近距離しか乗らないときと同じポジションにしていたので、コラムスペーサーを入れ替えてMaxまでハンドルを高くした。これでこのあとの腰痛は劇的に改善した。
なぜだか、このSaint-Nicolasのパンオショコラが美味しく感じられ、往路に続いて復路でも購入した。それにしても今大会中で、何個パン・オ・ショコラを食べただろう。普段はヴィエノワズリーはほぼ食べないので、数年分食べたような気分。
13時にPC8 Loudeac (783km)に到着。あと1/3。体力的には全然問題ない。問題があるとすればお尻だけ。
当初Loudeacで復路も仮眠するつもりでいたのだが、昨晩の冷え込みが相当辛かったのと、夜は景色が全く見えないためフランスを走っている感覚が絶望的に乏しくなってしまうので、なるべく昼間に走行する時間を確保する方針に変更した。日没までにあと100kmほど走ってFougeresまで行けるだろうと踏んだ。
復路のLoudeacではドロップバッグの荷物はライト等のバッテリーを入れ替えただけにして着替えもせず、そのまま1時間以内に出発した。
Loudeacからは最初全然ペースが上がらず、かなり抜かされてしまったのだが、途中から急にスイッチが入り、30km巡航できるようになった。一旦抜かされた人にも追いつき、追い越し、いいペースで走ることができた。とはいえ、かなり暑いため消耗も早い。往路では寄らなかったWP Quedillac (843km)に立ち寄り、水と補給食をゲット。
Tinteniacへの道すがら、両腕にタトゥーびっしりの強面の白人に声をかけられた。めっちゃビビっていたんだが、どうやらKUALISを知っている様子。その方のバイクはSEVENのチタンバイク! KUALISの西川さんの元同僚のビルダーの方らしく「Yoshiはいいやつだよ!」っておっしゃってたが、すみません、西川さんと直接面識ないんです。
ちなみにこの方、道中で遭遇した地元のローディーとちぎり合いしてた。(どんだけ体力あるねん)
PC9 Tinteniacには18時前に到着。やはり休憩を取ると一気に平均時速が落ちる。日暮れまでに付きたいので軽食で済ませて早々に出発。
ここまで予想よりも随分いいペースで走れていたし、体感的な疲れもそれほどひどくなかったので快調だと思いこんでいたのだが、好事魔多しとはよく言ったもの。
Tinteniacを出発して5kmほどの交差点を渡る際に、左右確認を行おうと減速してstanding still風なことをしようとしたら縁石に乗り上げてしまい落車。ほとんど停止寸前のスピードだったので、右肘の表皮の擦過傷だけで済んだが、思っている以上に疲れは溜まっているんだということを再確認。
ハイドロコロイド絆創膏を持ってきていたので処置して、再出発。
怪我の功名か、痛みのおかげで眠気も全く起きず、安全第一の25km/hr程度ののんびり運行。20時半過ぎにFougeresに到着。
傷は救護室でちゃんと処置していただいた。日本と違って湿潤療法はまだあまりメジャーじゃないのか、ハイドロコロイドを見てなんじゃこりゃ、みたいな顔をしていた。また日本ではめっきり見かけなくなった、ソフラチュールを貼ってくれた。懐かしい。
タンパク質重視の食事後に仮眠室へ。ここの仮眠室は、一部屋10名ほどの小部屋が無数にある感じ。体育で使うマットみたいなのが床に直接引いてあって、毛布などはなくエマージェンシーシートだけもらえる。館内が十分に温かいので寒さで寝られないということはなく、5時間ほどはぐっすり眠れた。自分のどこでも寝られる鈍感力はこうしたイベントでは大きな戦力になる。
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